印象的(日本式システム、いじめ、ビジネス)


日本と海外の交通機関の違いについて、ご私見頂きたいです。
よく言われるのが電車ですが、私も過去に海外の電車の時間の曖昧を経験しました。
電車に限らずですが、この原因は何なのでしょうか。
人?技術?その他?
新幹線も、時間の正確性は当然ですが、乗り心地も日本は飛び抜けていると言います。
どうかよろしくお願いします。

【 A 】
長年、日本の交通機関が1秒の遅れも許されないのは、日本式システムの根幹をなす儒教(朱子学)のためだと考えています。
サービスを受ける側にとって「時間の正確性は」助かるのでしょうが、サービスを実行する側にとっては、必要以上の苦しみが生じます。
なぜなら、1秒でも遅れたら集団的責任を取る羽目になったり、出世システムが減点方式のため、たったひとつのミスにより人生が大きく変わってしまう緊張感が「明日」を暗いものにしてしまうからです(←ここ、日本の閉塞感の原因です)。
それゆえ、このような軍隊的「やり方」(つまり、日本式システム)は海外で通じないことから、サービス主体の日本企業による海外進出が手こずっているのが現状です。
この失敗を絶対に許さない厳しさは、世界的に見て日本が「飛び抜けていると」思いますね。
なにしろ、時間生物学的見地から見ても、人間には時間を判断する器官がないのですから、分刻み、秒刻みの正確さを求めるのは、あまり人間的生物的ではないからで、それを「根性」で解決しようとするのは時代錯誤も甚だしい。
結果、時間などの正確さばかりを追い求めると、どこかで必ず無理が生じるでしょうね、システムではなく各人に。

「交通機関の違い」に限らず、「数字教」全般に気をつけましょう


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この世の中からいじめを無くすことはあり得ないのでしょうか?
子供に限らず大人になってもSNSなどで人を徹底的に攻撃したり追い詰めたりする人がいます。
人間は本能的に人を攻撃することで快感を覚えてしまう生き物なのでしょうか。
格闘技なども人を徹底的にボコボコにすることでドーパミン全開で大歓声をあげている観衆が怖く思います。
大人がこのような状況である以上、いじめ撲滅なんていうのは非現実的であり、人間とはそういうものだと肯定した上で、いじめられる側が強い心の持ち方や距離の置き方などを身につけていくしかないのでしょうか。

【 A 】
ポール・グレアム著「ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち」にありますように、閉じ込められていて逃げ場がない環境だと、人は差異を探すために時間と能力を使うことに必死になり、いわゆる「いじめ」が発生します。
そう考えると「この世の中からいじめを無くす」ためには、人々を停滞させず流動性を高めれることが出来れば、「いじめ撲滅なんていうのは非現実的」だと思いません。
農業革命以降、人類は「住む」という「パラノドライブ」によって社会形成してきました。
これを若き日の浅田彰は「一家をかまえ、そこをセンターとしてテリトリーの拡大を図ると同時に、家財をうずたかく蓄積する。妻を性的に独占し、産ませた子どもの尻をたたいて、一家の発展をめざす」と「昭和」の社会システムを看破し、新時代の到来を告げました。
そして現在、インターネットの普及とリモートワークやタブルジョブが一般化し、複数のコミュニティに属することや複数点居住が可能になったことから、個々の流動性を驚くほどに高められるライフスタイルが人類史上はじめて可能になりました。
これにより、かつて同じ場所でいじめを行っていた人物は、当該行為によってすぐに人々が別の場所に移動してしまうため、同コミュニティのなかでも問題ある立場へと追いやられることになります。
こうして、ひとつの場所に留まらなくても生きていける現代社会においては、「移動力」が高ければ高いほど「いじめ」とは無縁な生活を送れることになったのです。
問題および解決は「いじめ」ではなく、同じ場所に止めようとするシステムと個々の移動力に集約されるでしょう。

なにしろ、閉ざされた環境じゃなければ、「いじめ」は起きないのですから。


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新しい社会主義が今後アメリカを席巻すると説いています。
資本主義としてのビジネスの最高峰はインターネットビジネスに結果的になりましたが(元々のコンセプトは違うにしても)、
では、新しい社会主義が盛り上がると想定すると、どんなビジネスが台頭してくると思われますか!?

【 A 】
「資本主義としてのビジネスの最高峰はインターネットビジネス」ではなく、「無人ビジネス」じゃないでしょうか?
24時間効率よく働き、人件費もかかりません。
すでに「インターネットビジネス」の大半は「無人ビジネス」となっており、今後、実社会でも同じことが起きると予測します。
一方、「新しい社会主義が盛り上がると想定すると」、逆に人と人をつなぐオーガナイズ・ビジネスが台頭するでしょう。
特に顕著なのが、15年以上説いている21世紀の基本をなす宗教と哲学です。
呼び方やカテゴリーは変わるかもしれませんが、本質的には宗教と哲学であり、このふたつは性質上「無人」では成立しづらいことから、オーガナイザーが求められます。
この傾向は、年々強まるでしょうね。

「無人」の反意語が、事実上「人の死」である間は。 

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